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8.慈眼堂と茶畑 -後楽園にみる建物や景観の建物や景観の今昔-

更新日:2019年04月09日

昔 −むかし−

慈眼堂と茶畑付近の絵図の写真

 慈眼堂は、元禄10年(1697)、綱政が還暦を迎えた時、厚く信仰していた観音像2体をまつったお堂です。毎年正月、5月、9月の22日を参詣日と決め、家老にも参拝するよう命じています。慈眼堂への参詣は江戸時代を通じて行われ、33年ごとのご開帳では広く領民も観音の縁につながるよう法界院(岡山市北区三野)に運ばれて法要が行われました。
 後に、慈眼堂の脇に治政が稲荷宮を天明6年(1786)に勧請しました。明治維新の後は、東京の本邸から由加神社が遷宮されています。この周辺は、歴代藩主の祈りの場でもあった場所です。

今 −いま−

慈眼堂山門脇にある築庭以来のデザインの腰掛けの写真

 明治17年(1884)、池田家から譲渡された時、慈眼堂の本尊は池田家に返しています。今は空堂ですが、境内には巨岩を割って運んだ烏帽子岩や山門に安置されていた仁王像が伝わっています。
 山門脇の腰掛けは板を架け渡した簡単なものですが、築庭以来のデザインが伝わっています。

 慈眼堂の脇には、稲荷宮、由加神社もあり、ひっそりと静かな場所になっています。

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